人間は便意の奴隷である。
僕は、胃腸が弱い。
辛いものを食べたり、度数の強いお酒を飲んだり、お腹を出して寝てしまったり、そんなことをすれば確実に翌日はお腹が大変なことになる。
本当に腹が痛い時、人は、冷静ではいられない。
便意の前に、人は無力なのだ。
以下、とても汚い話です。
小学校二年生の時、給食を食べ終え、校庭でサッカーをしていると、突然猛烈な腹痛が僕を襲った。
飯を食った後に運動すると横腹が痛くなることはそれまであったが、今回のケースはそれとは違った。
明らかにそいつは便意「第一波」だったのだ。
うんぉううううあああああ!!!
僕はお腹を抱えてその場にうずくまる。周りの友達が僕を心配して近づいた。胃腸が音を立てて僕に信号を送る。
はうぅうううわああああ!!!
少しでも気を緩めようものならば、明らかに不完全なペースト状のあいつがお尻から噴出されそうになる。このままではやばい。必死に、必死に耐え続けた。
いやいや、トイレ行けよって話だけども、小学生にとって、学校のトイレでウンコをするという行為は自殺同然である。
ウンコをしただけで学校中で犯罪者扱いされるのだ。学校が大騒ぎになる。
そんな不名誉な称号を得るくらいならば、ウンコを我慢した方がいいに決まっているのだ。
僕は必死にウンコを我慢することを選択した。
それに、今までの僕は、誰かがウンコをしていると、喜んでそれを皆に報告している立場でもあった。
「あいつ、ウンコしとるぞ!皆でトイレに観に行こうや!」
今思うと、何が楽しくて他人のウンコを見なければならないのだ。
わからない。本当にわからない。
そうやって今まで騒いできた経緯があった為、僕には、学校のトイレでウンコをする権利などなかった。
もし、ここでウンコをしてしまったら、僕は、一生笑われてしまう……
ギュルルルルルルル!!!!!
はぅわああああああああ!!!
波が僕を襲う。
こ、こ、この波を抑えるためには、とにかく刺激を与えないことが大切だ!
そう思った僕は突如サッカーを抜け出し、校舎の木陰に移動して寝転んだ。
別のことで気を紛らわし、この腹痛の波が収まることを期待しようと思ったのだ。
僕は必死に何か自分に語りかける話題を探した。
そして、その時にハマっていたデジモンというたまごっちの様な育成ゲームのことを思い出した。
当時、僕はスカルグレイモンというなかなか強いデジモンを育てていた。あだ名はスカちゃん。安直過ぎるネーミングセンス。
そのスカちゃんは、僕が学校に行っている間はおかんが世話をしてくれている。
そうだ、帰ったら僕にはスカちゃんが待っている、だから、スカちゃんのことだけを考えて、何とかそれまでこの腹痛を耐え抜くんだ。
僕は必死にスカちゃんと触れ合う自分の姿を想像した。
そうすることで自らを励まし、勇気付け、便意の呪縛から解き放たれることを試みたのだ。
この作戦は功を奏した。
腹痛が次第に弱まっていったのだ。ああ、よかった…。本当によかった…。
僕は安堵した。
そして、スカちゃんのことをまた考えた。
スカちゃんは、食いしん坊だ。おかん、スカちゃんにエサちゃんとあげてるかな…?
あと、スカちゃん、病弱なんだよな。おかん、スカちゃんのウンコ、ちゃんと流してるかな…。
ん………ウンコ?
その瞬間、また、僕の中で眠りつつあった便意が音を立てて騒ぎ始めた!!
第二波!!!
はぅわぁああああああああ!!!
僕の脳内にまた便意がカムバックしてしまった!!
眠りつつあった便意を、また開眼させてしまった。
僕は木陰で一人、腹を抱えながら悶え苦しむ。誰にもバレない様に、ひたすら腹をさすって痛みが去ることを願った。
第二波が無事収まる頃には昼休みも終わりかけていた。
その日は4時間目で授業が終わりだったので、僕は必死によろけながら教室に戻り、帰りの会を迎えた。早く終われ、帰らせろ…ただ、そう願った…。
だが、こういう時に限って、優等生が先生に続々と告発を始めるのだ。
「先生、今日、AくんがBくんが嫌がってるのに虐めてはりました。」
「先生、今日、Cくんがずっと自分の腕舐めてはりました。」
「先生、今日Dくんが…」
もうやめてくれええええええ!!!!
早く帰らせてくれええええええ!!!!
僕は必死に腹をさする。頑張れ、俺、頑張れ、俺!!耐えろ、俺ぇえええ!!!
必死に告発を続ける優等生。
先生はそれを聞いて「そらあきまへんな」の繰り返し。
この意味のないやりとりはなんなんだ!!勘弁してくれ!!!
僕は優等生を必死に睨んだ。いや、もはや、睨む力すらなくて、懇願する様な、情けない表情でその子のことを見続けていた。
「先生、さようなら、みなさん、さようなら!」
間に合った…。よし、後はおうちにダッシュで帰るだけだ!そして、家のトイレでウンコをしよう!家のトイレはウォシュレットがあるから最高なんだよな!
僕は急いで下駄箱に向かい、上履きを脱ぎ捨てると、スニーカーを履いた。
だが立ち上がった瞬間、第三波が僕を襲った!!!
それと同時に、僕のお腹は、とてもつもない大きさの轟音を響かせたのだ。
グォウルキュルルルルルラガァワアアアアウンコデタガッテルヨォオオオ!!!!
その時にすれ違った女の子が「ギャ!??」とビックリして辺りを見回した姿が頭から離れない。何かのエンジン音だとでも思ったのだろうか。僕は自分の腹が鳴る音で人を驚かしたのだった。
だが、そんなことはその瞬間死ぬほどどうでもいい。僕の頭の中はウンコで一杯であり、一刻も争う事態なのだ。
僕は急いで学校を飛び出した。家までの距離はおおよさ1キロ!それまで持ってくれ!僕の肛門よ!!!
僕はケツの穴を引き締めて、走り出した。
道中、何度も挫けそうになった。便意は回数を重ねるにつれて強さを増していき、ふと気を抜いたらそのまま失神してしまいそうになった。
それでも、あの時の僕は強かった。
泣きそうになりながら、僕は、自宅の前まで辿り着いた。
ゴールはすぐそこだ。
長かった、本当に、長かった。
僕は扉の前まで来た。
ここを開ければすぐそこだ。
扉を思いっきり引っ張った。
……!??
開かない!?えっ!?なんで!?ママ!?ママ!??メメー!!!!
ハッ!!!
僕は朝、おかんが言っていたことを思い出した。
「今日、ばあちゃん家行くから、家の鍵持って行きや」
そうだった!母親不在!あはは!あぶねー!!そうだった!!鍵開けないとな!鍵、鍵、鍵……
カバンを漁った。
……!?
鍵が………ない……!??
僕は絶望し、膝から崩れ落ちた。
なぜ、なぜ、なぜなんだぁあああああ!!!ない!?ない!?ない!!!
この木の板一枚の向こう側には、僕を待つ便器があるというのに!!
それにここは僕のお家でしょう!?
なぜ、どうして!?どうして入れてくれないんだぁ!?なんでそんな意地悪をするんですかぁああああ!!!!
僕は錯乱状態だった。家に誰もいないのに家の扉をガンガン叩いた。実はおかん、寝てるんじゃないのか!?実は、隠れてるんでしょう!?うわあああああ!!!バンバンバン!!
ギュルルルルルルルルルァアア!!!
はぁああああああ!!!!もうムリ!!!まじでムリ!!!マジでヤバいから!!!
僕は脂汗を拭う力すらなかった。扉の前にへたれこみ、肩で息をしながら、意識が薄れていくのを感じた。
その時、消えゆく意識の中で、僕の脳内で、ある会話の記憶が浮かび上がってきた。
それは、母親と父親が以前していた会話だった。
「最近、野良猫が増えてるんやって」
「困ったなぁ。」
その瞬間に僕の視界がパッと開けた。青天の霹靂。ピースとピースが合致した。そうだ!その手があるじゃないか!!
他愛もない会話が、時に人の人生をも救ってしまうこともあるのだ!!
そう、何気ない会話によって、数学者も真っ青になるほどのある方程式が僕の脳内で完成したのだ。
それは、
①まず、僕は家の庭で野糞をする。
②そして、その野糞を野良猫のせいにする。
以上。
我ながら完璧だった。当時8歳にして、自分が天才だと思った。
冷静に物事など判断出来やしなかった。
僕は、家を回り込み、自宅の庭に行くとズボンを下ろし、そのまま野糞をした。
汚い話ですが、予想に反して、めちゃくちゃ大きなバナナが数本、野に放たれた。
僕はその様を見て、少し冷静になった後、そのバナナを見て、猫のクソにしてはやけにでかすぎやしないかと思った。
だが、もう、出してしまったものは仕方がない。僕は雑草でケツを拭い、そして、自分が出したバナナに、まるで猫の仕業に見せるように、少し砂をかけて、黙って、その場から立ち去った。
だが、野糞をしたことに対する罪悪感は半端なものではなく、その日の夜、僕は何度も家の庭に出ては、懐中電灯でバナナが無くなっていないか、確認した。
バナナは堂々と、「心配すんな、俺はここにいるぞ。」と言わんばかりに、それはそれは見事過ぎるいで立ちで、庭に鎮座していた。
いっそのことなかったことにしたかった。だが、無くなるわけもなく、それに、無くなっていたら無くなっていたで困る。うーん、ジレンマ…。
結局、その日はバナナのことで頭一杯で上手く眠ることもできなかった。
次の日、朝起きると、僕は確認のために一目散に庭に出た。
そして、僕は思いがけない出来事を前に固まった。
バナナが、無くなっている…!?
だ、誰かが僕のブツを、持って行った!?
僕は、非常に焦った。誰かがバナナを持ち去ってしまったのだ。
なんで!?なんの為に!?僕は必死にバナナがどこへいったのか考えた。
考えすぎると余計に訳が分からなくなってきて、
そもそも、僕が野糞をしたという行為は幻ではないのか…?!
あれは、もしかすると、夢だったのかもしれない…!そうだ!悪い夢だったんだ!!!
という、まさかのめちゃくちゃな結論で自らを納得させた。そうだ、あれは夢だ!僕は庭で野糞なんかしていない!していないんだ!!
そう思い込むと、家に戻り、僕は昨日の罪悪感はどこへやら、堂々と家の中を歩きながらリビングに向かった。
その時に、僕を見つけた母親が大声で叫んだ。
「あんた!なんで昨日庭でウンコしたん!」
「えっ…。」
姉ちゃんが食べかけのトーストを口から落とした。
やっぱりな。ウンコ、幻じゃないよな。
「いや、あれは、野良猫が…」
「あんなデッカイウンコ、野良猫がするわけないやろ!!!」
やっぱりな、あんなデケーウンコ、野良猫がするわけないよな。
僕はひたすら謝った。
唯一の救いは、家族にとって、それは面白エピソードとして記憶に残っているということだ。
だが、その時は誰も知る由もなかっただろう。
数ヶ月後、僕はまた全く同じシチュエーションで野糞をしてしまうという事実を………。